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第三二回 「神代の物語~その6~」・・(平成20年10月1日)

 次に、黄泉の国の死穢とイザナギのみそぎの話は「第二のマイナス」的な構造分析によって読み解けるどうかをみることにします。

 『古事記』には大きく分けて、「もの」と「意識(観念)」の二つの世界があります。「もの」の次元と「意識(観念)」の次元、神話の用語で言えば「もの」と「たま(=霊・魂・玉:いずれも精神や意識の働き)」の二つの次元に分けられた、二元論となっています。そしてそれぞれにプラス的なものとマイナス的なものとが描き分けられています。

 これまでの国生みの話は、眼(みる)・耳(聞く)・鼻(におう)・舌(あじわう)・皮膚(ふれる)の五つの器官(五感)によって具体的に感じることができる「もの」の世界(自然界)の出来事でした。ところがイザナギによる黄泉の国の死穢をみそぎはらう話になると、がらりと様相が違ってきます。心で感じ、頭で理解することや「支配」「人生」「法則」など抽象的な、いわば観念的な意識や精神に関わることに一変し、具体的な「もの」を取り上げることがなくなります。いってみると、それは「観念の世界」の物語になります。

 まず「イザナギが黄泉の国でつけた死穢」がどういうものだったかを本文で見ます。
 その部分は、「私はなんといやな、ずいぶんきたない国へ行っていたのだろう。私は禊をしたいと思う。」(吾は、いな・しこめ・しこめき穢き国に到り手在りけり。故、吾は、御身の禊為む)です。この短い一段は、前のイザナミの死が「火」と「けがれ」であったのに対して、いざなぎのみそぎ「水」と「きよめ」で、正反対になってます。
 これはまた、「ものの次元」の「火-水」、そして「観念の次元」の「けがれ-きよめ」の二つの次元に分けることができて、それぞれがはっきり対極の関係にあることを示すところから話がはじまっています。明らかにこれは、これまでの次元とは違うことを、対立するものをならべることによって示しています。

 本文は、「イザナギの体に、黄泉の国で五感で感じられる、具体的なきたないものが付着した」とは読めません。それは「もの」ではなく、イザナギが黄泉の国で「きたない」と感じた意識や印象です。いわば精神的なけがれに対するところの「嫌悪感」です。

 次にイザナギは、川で禊をするため、身につけていたものを脱いで全裸になりますが、このとき脱ぎ捨てたものから、それぞれ十二の神々が現われます。

 杖→衝立舟戸神(悪霊の侵入を防ぎ止める神)
 帯→道之長乳歯神(長旅・人生を司る神)
 嚢→時量師神(時間を司る神)
 衣→和豆良比能宇斯能神(煩わしいことを司る神)
 褌→道俣神(二つに分かれたものを司る神)
 冠→飽グヒ之宇斯能神(罪穢れを飲み込む神)
 左手の手纏→奥疎神(沖へ向かう神)
         奥津那芸佐毘古神(沖から渚へ寄せる波の神)
         奥津甲斐弁羅神(沖へ櫂を漕ぐ神)
 右手の手纏→辺疎神(岸辺から遠ざかる神)
         辺津那芸佐毘古神(岸辺から返す波の神)
         辺津甲斐弁羅神(岸辺へ櫂を漕ぐ神)

 これら十二の神々は、使われている漢字からも明らかに「水」と水に浮かぶ「船」に関連して、人生に船出する「人生行路」を暗示しています。そして人生も、具体的な「もの」ではなく、観念的に捉えられるものです。十二の神々それぞれについては、詳細を省きますが、これらは「もの」ではなく、明らかに観念であることを示しています。さらに、必ずしも人生にとって都合のよいことだけではなく、逆境や迷い、さらには「遠心方向」と「求心方向」を示すなど、哲学的な観念も読み取ることができます。

 イザナギが川の中瀬に身を沈め、体をすすいだ時にあらわれたたくさんの禍々しい凶事を司る神が、八十禍津日神と大禍津日神です。この二神は、ひどいけがれの黄泉の国へ行ったときの穢れが元で現われました。そしてこの禍を直そうとして現われたのが、けがれと禍事を元に戻す威力のある、神直毘神と大直毘神です。
 この神々の「曲-直」の対比は「マイナス-プラス」の対極であり、人生の災いと、災いで曲がったものをまっすぐな正常な状態へと回復させることを意味しています。
 これを図式にすると

 (マイナス)+(プラス)=(ゼロまたはプラスへ)・(正常回復へ)

となります。これは先に見た、死のけがれの「マイナス二重構造」とははっきり違っています。では、なぜこうした違いが起きるのでしょうか。
 それは、イザナギとイザナミとでは、神々の「生まれ方」「現われ方」が根本的に異なるからです。これについては、次回に述べることとします。

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