文献史料としての日本神話を読み解く場合、その史料価値が高いのは、やはり『古事記』『日本書紀』になります。記紀のうち神話に当たるのが、『古事記』上巻「神代」と、『日本書紀』巻一・巻二です。その神話の中で死後の世界を具体的に描いているのは、「黄泉の国」のイザナギ・イザナミの話だけですが、この話は長い期間にわたって、日本人の死後観に大きな影響を与えてきました。
ところで、神話は、数多くの民族の中で語り継がれ、民族の、あるいは人々それぞれが困難に直面した時に、神話を教訓として困難を乗り越えてきました。ですが、それは史実ではなく、「作り話」「おとぎ話」に過ぎないという向きもあるでしょう。こうした神話の価値を正しく見直し、現代に明らかにしたのは、フランスの構造人類学者レヴィ=ストロースやスイスの心理学者トーマス=ユングです。神話は日常に意識される世界と合わない、いわば夢のような、つじつまの合わないストーリーが展開されますが、それは無意識の世界をあらわしているからだとします。なにかの機会にその人が無意識に経験したこと、あるいは経験したことが無意識の中に蓄えられていったもの、これらを表現したものが神話なのです。無意識があらわれる「夢」と分析することで無意識の世界の精神分析ができることを発見したのは、オーストリアの心理学者フロイトですが、彼の理論が大きなヒントとなって、ストロースやユングの「神話学」が誕生しました。
ストロースとユングは、直接出会ったことはなかったようですが、期せずして「神話は一種の集団(人類や民族)の夢(無意識の世界)であって、隠れた意味を示すような解釈ができる」と述べています(E・リーチ『レヴィ=ストロース』・ユング『神話学とはなにか』など)。なぜそういえるのかというと、世界中に伝承されてきたおびただしい数の「神話」「昔話」には、お互いに影響しあうことがなくても、似通った内容の物語がたくさんあるからです。もし、誰かが恣意的に作った空想物語であれば、神話の内容はもっと多岐にわたるはずです。しかし、非常に似通った神話や昔話が、その当時、交流することはありえなかったであろう世界各地で創られ、受け継がれています。こうした事実から神話や昔話には、人類(民族・集団)が実際に経験した共通の内容を無意識に様々な形で表現したものだと言える。ストロースやユングはこのように指摘しています。
もっとわかりやすくいえば、われわれが普段常識だと思っている合理的・科学的・論理的な見方からすると、どうしても非常識としか思われない日本神話の中に、実は現代のわれわれにとっても、とても大切な祖先からのメッセージが隠されているのだ、ということになります。
さて、日本神話「神代」の、日本の国が誕生する「国生み」の物語には、お墓や墓石の原点となる重要な話があり、それは確実に現代にも受け継がれています。 天地の始まり、神々の誕生、死、死後の世界へと物語りはどのように展開し、また日本人の原点となる世界観や死生観の中で死や穢れやお墓の問題がどのように語られ、我々現代の日本人にどんな意味のメッセージを送っているかを知るために、『古事記』の神代の物語を読み解いていくことにしましょう。