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第二五回 「古代日本のお墓~その3~」・・(平成20年3月1日)

 歴史研究において、遺跡の研究と並んで重要なのは、文献の研究です。

 

 日本古代史研究において重視される文献として中国の史書(『漢書』『後漢書』など)があります。これらは、日本にまだ文字がなかった、あるいは伝わっていなかった時代の文献の為、もちろんきわめて重要な史料です。ですが、やはり外国の別の民族の手による史料の為、客観性がある反面、日本民族の意識を探るためにはどうしても物足りないと思われます。

 すると、少々時代は下ってしまうのですが、『古事記』『日本書紀』の他、『風土記』『祝詞』『万葉集』といった奈良時代前後の史料から、探っていくことになります。

 今回はまず、これらの歴史資料に見える、われわれが生きる世の中(この世)とは別の世界(あの世)についてお話してみようと思います。

 これらの史料を見るとき、忘れてはいけないことがあります。

 一つは天皇の問題です。上記の史料は、大化改新後の天皇を中心とした中央集権体制の確立に向かう時代です。このため、神話によって天皇の正当性を主張する内容が多く含まれていること、もっと言えば、これらの史料の多くが、そのために製作されているということを念頭に置かねばなりません。

 今ひとつは、これらの史料が編纂された時代には、すでに仏教や中国思想など、中国文化が伝来しているということです。日本人本来の民族意識や死生観を探る時、中国文化の影響をしっかり見極めて外していかないとならないでしょう。

 日本民族の「あの世」の特徴は、大きく二点あげられます。

 ひとつは、あの世がいくつも存在しているということ。

 もうひとつは、この世と断絶したはるか彼方の世界ではなく、例えば、注連縄をはって気持ちを変えることで眼前にあの世を作り出すことができるように、この世との往来が可能な世界であるということです。

 このことは、お墓にも通じる重要な特徴です。

【高天原】

 地上のこの世「中つ国(豊葦原中津国)」に対する「天つ国」で、天上他界といわれ天照大神が治める神々の住む国です。

 『日本書紀』「尸(かばね)を天(高天原)に到さしむ。便ち喪屋を造りて殯(もがり)す」という記述があります(天若日子の神話)が、この例外を除いて、高天原を死者の国と表現している記述はありません。

【常世国・妣が国】

 海のはるか彼方にある理想的な長寿の国といわれる海上他界です。

 『古事記』では、大国主命と共に日本を作った少彦名の命が、国堅めを終えて帰っていった海原として表現されています。また、神武天皇が海上を渡り「常世の国」へ行き、別の兄弟は海原に入って「妣の国」へ行った、という記述もあります。「妣」とは「亡き母」のことです。

 『丹後国風土記』逸文では、浦島伝説の浦島が亀に乗って行った常世を「蓬山」(蓬莱山)と表現しています。これは、道教の影響を受けたもので、神仙の住む不老長生の楽土を指しています。

 後に仏教の影響を受けると、観音浄土である「補陀洛山=補陀洛浄土」と習合します。

【黄泉国】

 「根の国」ともいわれ、イザナギの命とイザナミの命が大八州(日本)の国造りの過程で火の神(迦倶土神)を生んだ際に死亡して旅立った死者の国で、イザナミの命やスサノヲの命が支配する地下他界です。

 妻の死を嘆いて、黄泉の国を訪れたイザナギが目にしたのは、全身に蛆虫がわき、頭髪から足先までに八つの雷神が宿るイザナミの骸でした。黄泉の国から戻ったイザナギは「死の穢れ」を洗い清めるため、筑紫の日向で「禊ぎ祓い」をしています。これが「死穢」「禊ぎ」の根拠です。後に詳述する予定ですが、この「死穢」「禊ぎ」は今日のお墓や葬儀まで伝わる、日本の文化です。

 今ここで指摘したいのは、黄泉の国、つまり死者の国に生者が往来できる、ということです。

 『日本書紀』では、黄泉の国を「殯●(もがり)の処」とする記述もあります。「殯宮」とは埋葬前の遺体を一定期間、仮安置する場所です。ここでは黄泉の国が「殯宮」を示唆している可能性を指摘するにとどめて起きます。

【根の国・妣が国】

 『古事記』では、イザナギの命が禊ぎをした際、天照大神・月読之命・須佐之男之命にそれぞれ高天原・夜食国・海原を治めるように命じています。これに対し、スサノヲは海原の統治を拒否して「僕は妣の国、根の堅州国へ行きたい」と泣き喚く記事があります。この妣はイザナミを指しますので、「根の国」とは黄泉の国のことになります。

【神奈備山】

 「神奈備」とは、神が天降った神聖な山や森を指します。『万葉集』の「挽歌」や『風土記』『祝詞』に多く用例が見られ、山上他界・山中他界といわれます。「死者は山へ還る」という民俗の重要な基盤と見られます。

 以上のように、天上他界・海上他界・山中(山上)他界・地下他界の四つに分けることができ、空間的には地上に対して垂直方向と水平方向の二種に分けることができます。

 四つの他界のうち「死者の国」とされる他界は、天上他界の高天原以外の三つの他界です。このうち、海上他界の常世国は道教の影響(不老不死の国:蓬莱山)や仏教の影響(観音浄土)をうけて、理想郷的な扱いになっています。また天上他界である高天原も、後に民俗として「氏神様」があらわれても皇族以外がここまで上るとは考えられてはいなかったようです。

 冒頭で述べたように、日本の古代史料を読み解く際に、天皇家の存在は考慮しなくてはなりません。神話に出てくる神々は、日本人と日本人の祖先である天皇家の祖先です。そして私たち日本人の祖先は、これらの資料の中では、高天原から高千穂に降臨したことと、神武天皇の母が海中のワニで常世の国からやってきたと記されています。ここに日本人の起源が「山の民」と「海の民」であることを示しています。そしてこのことは同時に、私たちが死後に還るべき地は「山」であり「海」であることを示唆しています。

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