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第一回 「お墓と仏壇」・・(平成18年3月1日)
ご家族の死去に伴って購入されることが多いお墓と仏壇。悲しみに暮れる中での、葬儀に続く大きな出費なので、ご家族にとっては大変なご負担になろうかと思います。
ところで、お墓とお仏壇、どうして両方必要になるのでしょうか?
『日本書紀』を繙きますと、七世紀頃にはすでに「お墓」という言葉がありました。もちろん、それ以前のずっと古い時代にも「お墓」は存在しています。ただ、これはあくまでも為政者などの支配階級だけにあった風習で、一般民衆については「埋葬」の習慣はなかったようです。古典を見ると、葬儀のことを「はふる」と表現しています。「はふる」とは「放る」、つまり放棄することです。嘗て、日本人は死者が出ると死体を遺棄していたわけです。庶民がお墓を作るようになるのは、室町時代以降。墓石を建立するようになるのは、江戸時代中期の頃と言われています。
庶民が墓を建てるようになったのは、仏教思想の影響が大きいと考えられています。かつては、人が亡くなると、死者の祟りがあるのではないか?死者の穢れが生きている人間に影響するのではないか?と忌み嫌われ、そのために死体を遠くに遺棄してきたのです。これに対して仏教では、死を忌むべきことではなく、ものごとの終わりと位置づけました。この教えの広まりと、民間に伝わる祖霊信仰や祖先を大切にする儒教文化などが融合して、今のようなお墓の文化が形成されたと言えるでしょう。
一方、仏壇については、やはり『日本書紀』を見ますと、天武天皇の十四年(西暦六八五)に「諸国の家ごとに仏舎を作って仏像と経を置き、礼拝供養するように」という内容の詔が出されていたことが記されています。この「仏舎」が、仏壇の起源にあたると言われています。以後、仏教が一般民衆に広まるにつれて仏壇を持つ風習も広まり、一般的な普及を見るのは、江戸時代に入ってからと考えられています。
仏壇の中を見ると、宗派によって多少の違いはありますが、中央部に御本尊をお祀りする場所があり、周囲に様々な仏具を配置するのが一般的です。ご先祖様を表す位牌や過去帳も、御本尊の周辺に配置されます。御本尊が安置されているところを「須弥壇」と言います。つまり仏教の理想世界である「須弥山」を象ったのが仏壇であり、家庭に須弥山を表現して、そこに居られる仏様をお祀りするためのものなのです。
現代においては、仏教文化の影響だけではなく、他の宗教や、個人それぞれの考え方により、様々な形態で祖先をお祀りされております。これまでのような「お墓と仏壇」だけではなく、納骨堂を利用される方も居られれば、散骨される方もおります。時代が多様化するにつれ、お墓の位置づけも昔とは変わりつつありますが、「土に還る」という言葉があるように、死者はいずれ自然に帰るべきものというのが、日本人の古来からの考え方だと思います。お墓は、ご先祖様を土に帰しつつ、子孫がご先祖をお祀りするための標(しるべ)ともなっている、日本人の文化に合致した合理的な施設であると考えます。
お客様が子々孫々にわたり永くご先祖をお祀りできるよう、丈夫なお墓をお作りすることが、私どもの使命であると考えております。
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